僕の観察日記

僕が感じたことを書いていき、自分のことを観察、記録するブログ

悩みについて

何か失敗したりとか、悩んだりとかしてるとどうも自分が嫌になってしまう。

何でああしたんだろうとか。

でも反省できてるだけいいんだろうと考えるが、それでも自分の未熟さが嫌になる。

そして沈んでいくと今やるべきことが手につかなくなる。

それに手を付けれなくてまた失敗するイメージが浮かぶ。

でも悩むってことは悩んでることについて考えてることでもあるから、悩みの対象についての経験や知識は増える。

完全に堂々巡りの思考に陥ってない限りは悩んでもいいと思う。

それはきっと自分のためになる。

何故なら、それは好きなことについて考えてることになるからだ。

何故悩む対象が好きなものになるのか?

例え話をしよう。

自分は小学校も中学もあまり算数、数学が好きじゃなかった。

だから、苦手でも対して気にしなかった。

他には、苦手な食べ物があっても気にしないだろう。

アレルギーなどは除くが。

皆そうじゃないだろうか。

たいてい何か苦手なものがあっても死にはしないし、生きていけると。

言えば興味がない、無関心。

でも、今何か悩んでいることってのは確かに嫌なものであるんだけど、結局好きだから悩んでるんだと思う。

僕の場合親が嫌いだが、大事にされたいから、本当はこんなじゃなくて他の家みたいに仲良くしたいから悩んでる。

僕が今いろんなことで悩んでて、制作が手につかないのにも悩んでるのは、自分の将来をより明るいものにしたいから、自分の未来に希望をもって好きだと言えるこれからにしたいから悩んでる。

今特別喧嘩している訳ではないが、恋人との仲であれこれ悩んでいるのも結局好きだからだ。

興味が無かったり薄れたりすると、悩みすらしなくなる。

よく聞く言葉な気がするが、「好きの反対は嫌いじゃなくて無関心」というのが今よくわかる。

 

だから僕は 悩むのは良いことだと思う。

時間が消費されたり、やらなきゃいけないことが手につかなくなってしまうのは痛い。

でも、最低限自分が大事にしたいと思えるものにはしっかりと向き合って悩むべきだと思う。

時間がない中でも大事な物や人については悩むべきだ。

悩むのは時間の無駄だとか否定的な意見もあるが、本当に好きなら悩んで当たり前だ。

それを放棄してしまうと、無関心と同じになってしまう。

 

僕が親を嫌いなのは多分ここにある。

「僕のことを理解できないし、しようとも思わない。考える時間もない」

よく親に言われる言葉だが、要は親だけど子供に何の関心もないと言っているのと同じだ。

実学校でそれなりにやっていて、それを伝えようと何も興味を持たない。

批判ばかりが頭に残って褒められた記憶がない。

それを言うと「いいところなんか一つもないから褒めれなくて当たり前」と言われる。

関心を持たないんだから、自分に害が及ばない限り僕のことに気づかないのは当たり前だろうに。

嫌いになって当たり前なんだと思う。

普通は親は子供に関心を持って接するんだろう。多分。

それをせずに否定ばかりして、誰が好きになれるだろうか。

自分のことを受け入れて貰えないんだから。

これが普通、一般的だなんて思いたくない。

親も人間だから完璧なんて求めないが、それでも子供がいるなら完璧に近づけるようにはすべきだと思う。

きっと他の家庭で親に怪我とかさせられても嫌いじゃないっていう人がいるのは、きちんと子供に関心を持ってて、間違ったことをした時に謝れる親なんだと思う。

僕の場合は違う。

酷いことをされてもそのカバーがない。

いつまでも「自分は悪くない。何を悪いことしたのかわからない」

「悪いのもおかしいのも全部子供だ」と。

衣食住与えてもらって学校も行かせてもらってて幸せだろうと思う人もいるだろうが、幸せは人に寄って違う。

そもそも衣食住と学校だけで幸せが満たされる訳じゃない。

僕は例え裕福じゃなくて学校に行けなかったとしても、家族やその周りが愛してくれるならそれでいい。

衣食住が不十分で完全な健康体にはなれなくとも大事にしてもらえさえすればそれでいい。

僕はそう思う。

 

多分、もう親に関してはどうしようもないんだろう。

ネットで毒親だ何だといろいろと調べてきたが、親が変わろうとしない限りどうしようもない。

僕に無関心な以上どうすることもできない。

このまま家を出る時が来たら一生親のことを嫌いなまま過ごすだろう。

どこかで親の話を振られた時に気まずくなるだろう。

親の死に目にも会わないだろう。

僕が先に死んでも親は泣かないだろう。

そもそも会わないだろう。

だから、もう数年して家を出る時が来るまでに少しでもそうならないように変わってくれと何度も頼んだが、無理なんだろう。

同じ人間じゃないからわからなくて当たり前なんだが、人にこういったことを話すとたいてい早めに出るのが吉だと言う。

中学の時も言われた。

確かに出たい気持ちもあるが、やはり大事にされたいから悩んでるのだ。

少しでも出る前に大事にされたい。

これから上記のように人生のところどころで寂しい思いをしたくない。

だから、少しでも早く金を貯めて最短ルートで家を出たいとか、そういう気持ちではないんだ。

 

自分のことばかりで親に何かしたいとかは書いてないが、子供が親に大事にされたいと思うのは当たり前なんじゃないだろうか。

関心を持ってもらいたいと思うんじゃないだろうか。

だから小さい子供だったりすると、関心を持ってもらいたくてわざと悪いことをしたりするという話があるのでは?

基本的に大事にされるものなんだと思う。

そして大事にされてたら、自然とそれを返してあげたいと思うんだろう。

 

でも、もう無理なんだろう。

親の件に関しては堂々巡りになっている気がする。

悩むのをそろそろやめるべきなんだ。

 

そしてこれからの自分の人生をよりよくするために、別のことで悩むべきなんだ。

優先順位はどうだろう。

まず恋人のこと。そして自分の人生を左右する制作課題。そしてそれの効率をよくするために、速度を上げたいと悩んでいる。

これに関しては多分、普段の生活の速度を上げて、制作も含め全ての速度を上げるのがベストだと考えている。

そうすれば時間も多くできるだろう。

そもそもが速くなった上に時間も取れればこれは強い。

今はこの三つが大きい悩みだろうか。

悩みもあまり多く抱え過ぎると処理しきれない。

もう親のことを外すべきなんだろう。

僕も親に関して無関心になるのがいいのだろう。

難しいだろうが、そうするのがきっとベストだ。

 

悩むのは良いことだ。

ただ大きさと量には気を付けないといけない。

優先順位をつけて処理していく。

すぐに処理しきれず、それが大事な物なら時間がかかってもいいから悩み続ける。

それでも解決しないなら、次は無関心になる努力をしよう。

そうとう難しいだろうが、そうしないとどうしようもない。

いつまでも自分に処理できないものを抱え込んでもしょうがないんだ。

それを抱え続けて不幸になるより、取っ払って幸せになる方がいい。

今の僕には大事な人もいれば、それなりには評価される技術と知識がある。

この学校に来てからどんどん成長している。

きっと幸せになれる。