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僕の観察日記

僕が感じたことを書いていき、自分のことを観察、記録するブログ

自分に対する自信

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//ある悩み

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今僕はあることで悩んでいる。

さんざん解決するために調べ回ってたらどうも自分に自信がないことが原因らしい。

どう検索して調べても自分に自信がないからそうなると書かれている。

しかし、自分としては中学から散々だったのにも関わらず、ここまで変わることができたのは自慢できるところだと感じているし、皆ができて当たり前だとも思わない自分のいいところだと思っている。

今でもこうして欠点があれば改善するように努めている。

おそらくずっとやってきたゲームで培ったであろう、向上心と粘り強さを武器にここまでやってきた。

ではどうして自信がないのか。

自分に自信がないと一言に言っても、自信のある箇所とない箇所がある。

スポーツでもバスケはできるがサッカーが苦手で自信がないだとか、ゲームでもアクションは得意だがパズルは苦手だとか。

つまり、僕は自分の内面部分にはそれなりの自信を持つことができているのだけれど、今現在悩んでいる部分には自信がないのだ。

 

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//愛される自信

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僕は人に愛される自信がない。

多分、これも小さい頃から親やその周りに大事にされていると、愛されていると感じてなかったことが原因だと思う。

僕は小学生時分に癖があった。

上の歯で下唇を抑えつけるという癖だ。

それが原因となってまだしっかりと定着していなかった幼い僕の歯は徐々にズレていき、今のように歯が出ているようになった。

癖というものは自分にかかっているストレスを緩和するために行われるものだと言われる。

となると幼少期から相応のストレスがかかっていたと見られる。

母方の祖父母が立て続けに入院、亡くなった時期だったので、親が家に帰ってきてもいないことも多かった。

あの頃の記憶で鮮明に覚えてることが一つある。

当然幼い自分は「死ぬ」とういことがどういうことかわかっていなかった訳で、一人目が亡くなった時は特に何とも思わなかった(一人目と表現しているのはどっちが先に亡くなったか覚えてないため。確か一年しか違わなかった気がする)。

しかし二人目の通夜の時、「あぁ、またいなくなるんだな」とぼんやり思った記憶がある。

寂しく思ったのか少し泣きそうになったのを覚えている。

その時少し手に力が入ったのだろうか。

手を繋いでいた親がどうしたのかと訪ねてきた。

僕は無言で首を振った。

その時の通夜のワンシーンを何故だかずっと覚えている。

二人が亡くなる前にも5歳の頃にインフルエンザの菌が脊髄に入り、それなりに重い病気だったらしい髄膜炎になって6歳の誕生日を病院で過ごした。

そして6歳、7歳と立て続けに祖父母が亡くなった。

そのタイミングで父親と完全に縁が切れ、これを機にと尼崎から神戸へと引っ越してきた。

今思うとその歳の子供には相当ストレスがかかるだろうことが予想できる。

引っ越しも小さい子供にとっては住む環境が大きく変わるためストレスになることもある。

実際、引っ越したのは小学校二年生の夏だったのだが、学校が変わるのを嫌がって泣いていた覚えがある。

親も大変だっただろうために仕方がないのだろうが、親は自分の親のことばかりで僕のことはあまり構ってくれなかった。

これでは自分のことを周りが大事にしてくれていると、愛してくれていると自信が持てなくなるような気もする。

こちらに引っ越す前はもう断片的にしか記憶がないが、こちらに引っ越してきてからは親のことを何だか避けていた。

友達と話しているのを聞かれるのも嫌がった。

特に何かがあった訳ではないのだが、無視したり何かと親の言うことを聞かなかった。

今にして思うと純粋に愛されていなかったこともあるんだろうが、その時のストレスも大きく影響していると思う。

 

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//条件付きの愛

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純粋に愛されていなかったというのはどういうことかというのはやはり気になる人が多いだろう。

「条件付きの愛」というのを聞いたことがあるだろうか。

これは簡単に例を示すと「〇〇してくれたら〇〇してあげる」という愛の形のことだ。

逆に言えば、「〇〇しなければ〇〇してあげない」とも取れる。

つまり、親の期待に子供が沿えなければ子供は愛情をもらえないのである。

よくドラマなんかであるようなのを例にすると受験勉強をひたすらさせるような親だろうか。

「あなたのためなんだから」「勉強しなさい」「ここまでの範囲終わらなければ今日のご飯は抜き」

そして期待に沿えなければ「どうしてこんな点数を取るの」「ダメな子ね」

酷くなると「あんたなんか家の子じゃない」

どうだろうか。

これが純粋に子供を愛してると言えるだろうか。

こういった親のことを「毒親」という。

そして毒親の元で育った子供のことを「AC」アダルトチルドレンという。

ACについては長くなりそうなのでまた今度まとめてみたいと思う。

気になる人はぜひとも調べてみてほしい。

また、自分がその毒親に育てられたんじゃないか。自分はACなんじゃないかというのであればすぐに調べてみてほしい。

僕自身高校生の頃にこれを知ったのだが、自分はやはり悪くなかったと心の負担が減った。

僕の場合は受験ではなかったが、それでも似たようなことをしていた。

小学生の頃はそこまで目立っていなかったが、少しあった。

覚えているものとしては、周りの友達がお小遣いをもらっているのが羨ましかったので欲しいと言うと、何か手伝いをすれば上げると言われた。

これくらいで済めばいいのだが、これを言った時点で少し毒親の性質が見え隠れする。

誰しも完璧な人間などいないが、自分で気づいた場合はぜひとも改善してほしいものだ。

他にはよく他人と比べられた。

「あの子は〇〇してちゃんと親の手伝いをしてて羨ましい」「あの子はいい子だ」「家は誰も手伝ってくれない」

手伝いやその他親の気に入ることをしなければ愛情を与えられない典型例じゃないだろうか。

今でも言われるが、小学生の頃から散々言われ続けてきた。

そして完璧に毒親としての本性が見えたのは中学で不登校になってから。

散々喧嘩した中で何度も言われた。

「親の言うことが聞けないなら出ていけ」「普通の子はこんなことしない」「産まなきゃよかった」

親にとって満足いくことをしなければこうして愛情を与えられることはなくなる。

そして僕の親の何よりも質が悪いのが「謝らないこと」だ。

「普通の子はこんなことしない」というが、自分のことを普通だと思っている。

普通だったらこんなにも子供に嫌われるだろうか。

条件付きの愛が果たして普通のことなんだろうか。

 

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//恋愛依存

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僕が中学不登校になったのはある人に恋愛依存していたことが原因だ。

付き合っていたと言っていいのかわからないが。

その人が僕のことを大事にしてくれたのは確かだ。

その人がきっかけで不登校になったのだが、そのきっかけさえももしかしたら僕のことを考えてのことだったのかもしれないと思う。

でないと説明がつかないような行動をしていたからだ。

しかし当時の僕はそれがわからず、愛される自信がない故に常に側にいてほしいと依存した

親に愛されなかった分をその人に求めた。

親の役割をその人に求めた。

当然親の役割など親になってからでないと持てないし、ましてや同年代に対してなど難しいにもほどがある。

だから依存すると上手くいかない。

そして僕の中学時代はむちゃくちゃに終わった。

高校時代の4年間を心の傷を癒す期間に費やすことになったが、その間にあの人は僕のことを最後まで大事にしてくれたが故にあのようなことをしたのでは、ということに気づいた。

ただの妄想かもしれないし、本当かもしれない。

だがすぐ側にいた間本当に幸せだったことは覚えてる。

それに気づいたことが良かったのか、今はその時と比較すればさほど依存はしていない。

あの時が酷過ぎただけなのだが。

だがやはりまだ愛される自信はない。

だいぶマシになっているが、まだだ。

まだ依存してしまっている。

中学時代、幸せになろうと努力しても上手くいかないことが辛かった。

高校時代、毒親やACのことを知り、こうなったのは環境のせいだと環境を恨んだ。

そして今、環境に対して恨みはありつつも自分を変えなくてはと日々考えて行動している。

まだまだわからないこともあれば、自分が普通だと思っていたことが普通じゃなかったりと、育った環境による悪影響はたくさんある。

それに気づく度にこんな環境に生まれ育ったことを悔やむが、今は自分で見つけた学校での環境が居心地がいい。

専門学校も自分で選んだ。

初めてそういった人生の大きな分岐点のようなものを自ら選択した。

自分がやりたいことをやるためにはこのままではダメだと、人と関わるのが苦手な中ひたすら人と接するようにした。

今回の悩みや、同時に抱えている作業が遅いという悩みだってきっと変えてみせる。