僕の観察日記

僕が感じたことを書いていき、自分のことを観察、記録するブログ

最近生きてるのがしんどい

 人間何かしら楽しいことがあるから生きてるんだろうが、その楽しみも最低限の生活が保たれていることが前提な気がする。今の日本で言うなら衣食住が満たされている環境だ。そこにプラスαとして趣味などがあることで楽しく生きられるんだと思う。一般的にはそんな感覚で合ってるのだと思う。だが僕は最低限の生活として「誰かに愛されてる感覚」というのが隠れてると感じる。今時衣食住に関しては困る人はほとんどいない。生活保護などもあるからだ。しかし愛情に関してはどうだろう。誰かが満たしてくれる保証は一切ない。たいていは親が愛してくれるけれども、僕のように愛されてなどいないと感じて育ってきた人も大勢いる。そしてこれは生活保護のように事務的に処理できるものでもないため、国の支援などが仮にできたとしても純粋に愛してもらえるということは絶対にありえない。

 親がダメなら恋人だと言っても、親に愛されずに育ってきた人間ほど上手くいきづらい。親に愛されて育ってきた人と違って愛情の欲求が強いからだ。欲求が強いこと以外にも問題のある親であれば悪影響はいくらでも出てくる。そのため愛されようと努力しても空回りしたりむしろ傷ついたりすることがほとんどだ。ここら辺は毒親とかの話になるので気になるのであれば「毒親」とか「アダルトチルドレン」で検索してみてほしい。

 だから生きてても辛いことの方が多い。今21年とちょっと生きてきてるが、辛いことの割合の方が圧倒的に多い。最近はじぶんの努力が上手く実ってくれていてまだマシになってきてるが、それでも8:2くらいの割合だと思う。やはり誰にも愛してもらえないというのは堪える。じゃあ何で生きてるのってなるが、人間、というか動物ならたいていそうだろうけど死ぬのが怖いから。後どうなるかわかりもしないのに未来に希望を持ってしまうから。誰かに愛されたいから。これが厄介だ。死ぬのが怖いのは行動に移してしまえばそれっきり終わりなんだけれど、希望を持つのはどうしようもない。自分が今まで経験してきた苦痛よりも更に大きい苦痛を伴わなければ、これを乗り越えて命を絶つことはできない。つまりは自発的にどうこうできる類のものではないのだ。もし仮に今から死ぬまでの間に誰にも愛されないことが確定していてそれを知ることができたなら、後は怖さだけ克服して行動に移せば死ぬことができる。思い残すことがないからだ。誰にも愛されないことが確定しているならば、誰かに愛されたいから生きるということがなくなる。知らない方がいいのかどうかはさておき確定していて知る機会があれば多分死ぬ道を選ぶと思う。だから僕は最低限の生活として「誰かに愛されてる感覚」が含まれると考える。

 じゃあ衣食住が生活保護で保証されるように、愛情を保証するにはどうすればいいか。これは先ほども書いたように事務的に処理することは絶対にできず、赤の他人がどうこうできる問題ではない。そもそも毒親の元で生まれ育った時点で愛情の問題だけでなく生き辛さを抱えながら生きることが確定するため、後から対処するのも難しい。ならば生まれる前から保証する必要がある。毒親に子供を産ませないようにするのである。どうするのかというと、資格のようなものを設けるのだ。子供を産み育てるのに問題がないか、適正があるかを見るのだ。これが仮に実現すれば良かれ悪かれ今とは全く違った世界になるだろう。しかし案外悪くないのではないかと思う。子供を産むのに資格がいるなんてと思うかもが、今の世の中子育ては一発勝負だ。2人目3人目ならともかく、では1人目は実験台か何かかと思えてしまう。この一発勝負の現状が良くない。新しく親となる人に毒親でないまともな親や、仲が良く親切な友人などがいればサポートがあって一発勝負でも上手くいくかもだが、全員がそうではない。にも関わらず一発勝負で子育てについて学ぶ機会もなしにいきなり子供を育てることになる。僕の親がそうなのだが、場合によっては「子供が欲しいから産む」のではなく、「できたから産んだ」となりかねない。良い親に恵まれればこれでも別にいいじゃないかと思うかもだが、そうでなかった僕からすればこれは最低だと思う。1つの命を産むことの重大さをわかってない。欲しいから産むのは自分が今からすることの覚悟がある程度できてる人のすることだ。できたから産むのは覚悟も何もできてない人がすることだ。子供がどんな人生を歩むかなんか誰にもわからない。幸せに生きるかもしれないし、不幸を感じながら自殺するかもしれない。幸せになれればいいが、ひたすらに苦しみ続けている子供の責任は誰が負うべきか?それはその子を産んだ親だ。だからこそ親は子供が幸せになれるようサポートをするべきだし、親元を離れてからももしもの時は頼れるセーフティネット、命綱であるべきだ。実際になれなかったとしてもそうなる努力をするべきだ。というかまともな親ならこれを言われなくても実践している。少なくとも子供の人格を否定したりはしない。

 だからこそ子供を産むこと、命を1つ作り上げることの重大さを学ぶために資格を設け、取得していなければ子供を産んではいけない決まりにするのがいいと僕は考える。でないと毒親が子供を産み、その子供が親の毒により悪影響を受け、その人自身が毒親と化す世代間の負の連鎖がいつまでも止まらないだろう。毒親は日本に限った話ではないが、日本は自殺大国などとも呼ばれ、毒親問題はその一旦を間違いなく担っていると考える。それを解決するための1つの手段として、子供を産むことに資格を設けることはそう悪くない手段だと思うのだが、これを読んだ人はどう思うだろうか。