僕の観察日記

僕が感じたことを書いていき、自分のことを観察、記録するブログ

初めて自分を素直に出せる人を見つけた

  最近、もっとわがままになって自分を素直に出そう。今まで自分を甘やかしてくれる人がいなかったのだから、せめて自分で自分を甘やかそう。でも睡眠に関しては自分に厳しくしてしっかりと取ろう。普段のパフォーマンスに関わるから。と、自分への接し方を見つめ直したりしている。そうしている内に気になったのが、自分の周りへの態度だ。基本的に同性には自分を素直に出せていると思うのだが、異性には何故かできない。逆に悩みを相談したりなどは同性にはできず、異性にはできる。これが自分でもよく分からない。普段よく接する分には同性のが楽だ。だが相談だとか深い関係になるのは異性のがいい。やはりよく分からない。普段自分を素直に出せない人に対して何故相談できるのだろう。何故普段自分を出せている人に対して相談できないのだろう。もっとわがままになって自分を素直に出そう、と言ったもののこれでは同性にも異性にも自分を出せないのと同じなのではと考えた。

 じゃあ解決策が出たのかと言うと出てない。これを書いていてそれっぽい答えが出るかもしれないが、出るとは言ってない。しかし最近1つ気になることができた。遊んでいて特に居心地の悪さを感じない人がいたからだ。むしろ良かったとさえ思う。

 今まで好きになった人たちに対して「一緒にいて居心地が良い」というのを感じたことがなかった。居心地が悪ければそもそも好きにならない。だから悪くはなかったのだろうが、良いとも感じたことがなかった。居心地の良さは人を好きになるための十分条件であって必要条件ではないらしい。だがほんの少しだけ居心地の悪さを感じていたような気もする。これは僕が好きな人に対して依存する体質があるからだろうが、相手に嫌われることを恐れていたからかもしれない。居心地がそんなに悪くもなく、他にもいろいろな条件が重なって好きになったが、好きになったことがきっかけで嫌われるのを恐れてほんの少し居心地が悪くなる。発言に気を使わないといけないという気持ちが出てきて言葉を選ぶなどする。だから結果的に居心地の良さにマイナスの補正がかかる。

 以上のことを踏まえると、好きな人にだけ自分が出せなくなるのであって、そうでない異性には出せるのでは?という話になる。それがそうではない。では接する異性の全員が好きなのかと言う話になるが、それも違う。が、正解に近い答えにはなっている。接する異性の全員に、この人は僕を愛してくれるだろうかと期待を寄せているからだ。

 僕は親に愛されてきたという実感がない。そのため常に誰かに愛されたいという愛情飢餓な状態だ。最近は気持ちが落ち着いているが、たまに誰かに愛されたくて仕方が無くなることがある。要は寂しくて仕方がないんだろう。親に愛された実感がない人にはわかるかもしれないが、愛されないということは認めてもらえないということだ。子供にとって親は人生でたった2人しかいないかけがえのない人間だ。ましてや小さい頃は基本的にその2人の世話になる。20歳ごろになるとたいていの人は親元を出て働いたりしていく訳だが、人間100歳まで生きるとして、人生の5分の1を親と過ごすのだ。このいかにも子供の人生にとって重要極まりない親に愛されていない、認められていないというのは、子供の人生に重大な欠陥を及ぼす可能性が大きい。その結果が今の僕だ。親という重大な人間に愛されず、認められず、その結果自分でも自分を愛せず、認められない。このことに気づいて変えようと努力はしている。だが、物心がついてから今までずっと蓄えられてきた愛されていない、認められていない悲しさはちょっとやそっとではどうにもならない。そのため今でも自分を愛してくれる人が誰もいない、誰にも認めてもらえないと、寂しくて仕方が無くなる時がある。だから、僕は常に自分を愛してくれる人を探している。愛情に飢えている。だから、接する異性の全員が好きなのではなく、接する異性の全員に、愛されるチャンスがあるかを見ているんだと思う。この人は自分を愛してくれるだろうか。そんな風に見ているのかもしれない。

 じゃあ遊んでいて居心地の悪さを感じなかった、むしろ良いと感じた人は何なのか。これが分からない。単に自分が、自分を愛し認めることができるようになり、他人に愛されなくともある程度どうにかできるようになったのかもしれない。それとも、今まで会って来た異性がたまたま全員相性が悪かったのかもしれない。その人のことが好きかというと分からない。居心地の良さを感じたという点では気になってる。

 今回のことを短くまとめると、「初めて自分を素直に出せる人を見つけた」ということだ。異性には普段から自分を出せない居心地の悪さを感じていたが、それがない人がいた。であれば、その人と相談できるくらいの仲になれば、自分を完全に素直に出せるということになる。なれるかどうかはまた別の話として、そういう人がいたというのが大きい。別にこの広い世の中、自分を素直に出せる人がその人ただ1人とも限らないだろう。1人もいないとなると辛いかもだが、1人いれば他にもいるだろうと思える。何だかゴキブリ扱いみたいだがそういうことだ。

 毎回気持ちを整理したい時にここにこういったことを書いているが、今回もそうだ。だから特に落ちもなく終わる。思ったことを書きなぐって、文章を整理して、読み直すことで気持ちを整理することができる。今自分は何を考えているのか段々と、モヤモヤしたものが鮮明になっていく。特に他人に見られることは考えていない。更新の度にTwitterで流してはいるが、まぁ共感してくれる人がいて、その人の感情の整理にでも役立てばいいなぁという程度だ。だからそんなに他人に見られることは考えておらず、色を付けたりなどして読みやすくするということはしてない。大して文章が上手だとも思わないが、そこまで下手だとも思わないので、共感してくれる人や物好きはこれでも読むんじゃないだろうか。何となく最後にこんなことを書いて、終わる。