僕の観察日記

僕が感じたことを書いていき、自分のことを観察、記録するブログ

親元を離れて

久しぶりに書く。

結論から言うと随分と精神的に楽になった。

 

自分で何でも好きにできる。制限が無い。

賃貸である以上ある程度の制限はかかるが、それを除けば家をどのようにしてもいい。

一時的に物置スペースを作ろうが模様替えをしようが文句を言われない。

周辺住民のことを考えなくてはいけない制限はあるが、それを除けばいつ風呂に入ってもいいし、いつ洗濯をしてもいいし、いつ掃除をしてもいいし、いつご飯を食べてもいい。

何を買っても、どこに行っても文句を言われることがない。

今まで制限だらけの環境だったのに、今は大違いで凄く楽だ。

しかもバイトと違って正社員の給料なのでかなりの額が入る。

生活費などと相談しながら自分の好きなものをどんどん買っていきたい。

AppleWatch、扇風機、ゲームソフトを入れるカラーボックス、スマホスタンド、PS4Pro…。

他にも多々あるし、今後も増えていくだろう。

 

基本的に欲しいと思ったものは生活費と相談してどんどん買った方がいい。

短い人生でストレスは少しでも溜めこまない方がいい。

買って生活が快適になるならそれで物と同時に健康も買っていると思う。

何なら時間だって同時に変える。

毎日の洗い物が面倒だ。食洗器を買おう。

食洗器という物。洗い物が面倒というストレスを失くして健康。洗い物を手動でしなくてよくなるので時間。

物を買う時は単に物を買うというだけでなく、同時に得られるメリットがあるはず。

それを含めて考えれば、「お金が…」と我慢するよりよっぽど買うことの方にメリットがあると気付くはずだ。

もちろん全てがそうじゃないが。

物を買うとなったらまずそれを買うことでどうなるかを考えよう。

メリットとデメリットが同時に存在するはずだ。

まず物を買う以上お金が減るデメリットが存在する。

机などを買うのであればスペースを食うデメリットが存在する。

さまざまなメリットとデメリットが存在するが、それらと相談してから結論を出そう。

 

少し話が脱線したが、今までよりも好きに物を買えるということ、好きに部屋に置いていいこと、それらが一番嬉しいのかもしれない。

今まで毎年2,3万のお年玉だけでお小遣いはなく、ゲームだけが趣味だった僕には2.3万はゲームソフトのために置いておくしかなかった。

つまりほとんど好きなものを買えなかった。

好きに物を買って自分の生活を潤すことができる素晴らしさをこの歳になってようやく知ることができた。

楽しい。

自分らしく生きるという意味が今まで分からなかったが、最近はわかる気がする。

専門学校に入ってからようやく自分がどういう人間かというのが分かり始め、最近になってだいぶ確立し始めた。

これも専門学校に入って頑張れたからだ。

バイトもして、少しずつ自分の好きな物を買ってきた。

そうすることで趣味が徐々に増えてきた。

ゲームだけだった趣味がプログラミング、ラーメン、アニメ、ドラマ、映画、本、音楽といろいろと増えてきた。

今まではゲームだけしかなかったが、その他にも語れることがいろいろと多くなったのは凄く嬉しい。

多くなったことで単純に自分自身が楽しめるし、他の人とも話題を共有しやすくなるからだ。

今まではゲームが好きでひたすらゲームのことだけは語れる自信があったが、ゲームに偏り過ぎて他の人が知らないことまで知っていて、むしろ話せないといった状態だった。

誰もそこまで知らないことの方が多かった。

だが今は徐々に趣味が増えたおかげでいろいろと話せるようになった。

ひたすらゲーム漬けだったのも楽しかったが、やはり人と関わることの方が面白い。

いろんな生き方があるとは思うが、僕はゲームやその他の趣味を嗜みつつも人と関わることを疎かにしたいとは思わない。

多くの人と関われることがより人生を彩ることに繋がると思うからだ。

だからこれからも自分の好きなことをしていく。

色んな人と関わったり、自分の趣味を増やしたり、新しいことにどんどん挑戦したり、自分の生活をより豊かで快適で楽しいものにしていく。

今までは嫌な親の元で暮らしてきて相当に辛い思いをしてきたし、周りの幸せな家庭で育ってきた人たちが凄く羨ましいが、それでも今自分は幸せだから、この幸せを継続できるように、より幸せと思えるように行動していく。

僕は人の役に立ちたいと思って生きているが、人を幸せにするためにはまず自分が幸せでないといけない。

自分にお金が一銭もないのに他人にお金を分け与えることはできない。

幸せも同じで、無理に他人に施しをしても後で返してもらえなかったりしたら嫌な想いをする。

でも自分に余裕があればそんなことを思わない。

返してもらわずとも幸せだからだ。

自分で自分を幸せにできる人こそ他人をも幸せにできる。

もちろん、意識しないと他人を幸せにすることは難しいが。

自分がただ幸せなだけでは他人を幸せにすることはできない。

幸せな上で他人を想っての行動をしなくはいけない。

だから僕はまず自分を幸せにし、他人を想っての行動をし、自分に関わる人が「僕と会えて良かった」と少しでも思えるような人になりたい。

嫌な親の元を離れて自由を得たのはそのための過程の1つだ。

これからどんどん僕は幸せになっていく。

幸せな家庭では当たり前なようなことでも僕はこれから経験していく。

周りが羨ましいし妬ましいこともあるけれどそれでもいい。

苦しい環境で育ったからこそ、同じような人に対して共感できるし、そして助けたいと思う。

これが間違ってるとは思わない。

自分がかつて誰か共感してくれる人を求めて、助けを求めていたからだ。

自分の様な人を多く救いたい。1人でも多く。